福島県郡山市田村町に蔵を構える仁井田本家は、正徳元年・1711年の創業以来、三百年以上にわたり同じ土地で酒造りを続けてきた老舗酒蔵である。阿武隈高地の裾野に広がるこの地は、穏やかな起伏と水系に恵まれ、酒造りの基盤となる自然条件が静かに整っている。
仁井田本家は、「しぜんしゅ」という言葉と共に知られる存在である。米は無農薬・無化学肥料栽培のものを用い、仕込み水にも土地の水を使うなど、原料の段階から明確な基準を設けている。酒造りにおいては、生酛造りを基本とし、酵母や発酵の力を人為的に操作しない姿勢を一貫している。
蔵では、蔵人の手仕事と微生物の働きが重なり合いながら、時間をかけて発酵が進む。安定や効率を優先するのではなく、自然の変化を受け止めながら、その年の環境が映し出される酒を形にしている点が、仁井田本家の酒造りの特徴となっている。
静かに醸された酒は、力強さよりも、伸びやかな酸と奥行きのある旨みを備える。飲み進めるほどに、土地と原料の輪郭が穏やかに立ち上がり、余韻として長く残る。仁井田本家の酒は、「しぜん」という言葉が示す通り、作為を抑えた先に現れる確かな存在感を湛えている。